第三話 その一瞬の (新館舞依)

 人類をふたつにわけるなら、キミはどうやってわける?
 【私】と【そのほか】。私は、このわけ方しか思いつかない。だって人と人は絶対的に離れている。
 そう言うと、「舞依まいって人が好きじゃないの?」って聞かれることがあるけど、そうじゃない。 どうあったって私は私でしかない。自己と他者。世界はそれで成り立っている。その事実を述べただけなのに、好き嫌いで解釈する人たちに、私はいつも黙ってしまう。
 
「林吾ちゃーん」
「上手ね~」
「あらあらまあ!」
 
 結倉ゆくら駅前。おうぎ型のロータリーに、あまり似つかわしくない音楽が響く。それで、ああいるんだな、いつものように桃園くんが、と思う。
 桃園林吾ももぞのりんご、どっかの果物屋みたいな名前だけど、彼は私と同じ歌詠みで、一個上だ。同じ高校ではないけどね。
 私は七歳から十六歳までアメリカにいた。そのせいもあって、結倉の公立には馴染めそうにないから、電車片道四十分かけて、インターナショナルスクールへ通っている。
 結倉は生まれた場所だし、好きだけど、ほんの少しだけ息が詰まる。
 
「すごいわねえ、林吾ちゃん」
「最初はぜんぜん踊れなかったのに」
「そうそう、身体が固くてねぇ」
「へへっ、上達したっしょ? オレ、いい感じ?」
「いい感じよぉ。ほら、これ飲みなさい」
 
 桃園くんのブレイクダンスの観客をしていた、おばあちゃんのひとりが、乳酸飲料を彼に渡すと、次から次へと、みかんやまんじゅう、バナナがその手に乗せられていく。

「えっ、いいの? いつももらってばっかな気がすんだけど!」
「いいのよ~。林吾ちゃんの踊りを見せてもらってるんだから」
「ここで林吾ちゃん見るの、楽しみにしてるのよ」
「やー、サンキュー! んじゃまた明日も……あれ?」

 顔をあげた桃園くんが、私に気づいた。
  ぱちっと音がしそうな瞬きをして、笑顔になる。
 
「マイじゃん! 今、学校の帰りか?」
 
 その言葉に観客たちが私を振り返る。そしてどの顔にも浮かぶ、怪訝や困惑を感じると、私はまた少し息苦しさを覚えた。
 
「オレのダンス見てたのかよ? どうだった?」
「…………」
 
 私は桃園くんの質問に答えずに、その場から離れる。すると背後から、いくつもの声が追いかけてきた。
 
新館にいだてさんとこのあの子、いつ見ても変わった服ね」
「日本人なのに髪をあんな染めちゃって」
「友だちいないのかしら」
「歌詠みだってのに……」
 
 わかっている。あの人たちに、悪意なんてものはない。ただ、結倉という枠からはみ出る私を、不思議で理解できないだけ。
 この服は私が好きだから着ている。この金の髪は最高にキレイな色だと思ったから染めた。目立ちたいとかじゃない。この姿であることが、一番、私にとっては自然で心地いいだけ。
 なのに。なのにね。
 
「―― きよく 、かがやかに、たかく、ただひとりに、なんぢ」
 
 星のごとく。
 
「マイ!」
「……え」
 
 土手に向かう石階段で、ふいに肩をつかまれた。
 驚いて振り返ると、そこにいたのは桃園くんだった。
 
「さっきの気にすんなよ。オレは、その格好、似合ってると思うぜ」
「……急になんの話?」
「だから、ばあちゃんたちが言ってたことだよ。聞こえてたんだろ?」
 
 真剣な顔の桃園くんに、私は合点する。
 ああ、そうか。彼は私を心配して追いかけてきてくれたんだ。あの人たちの言葉に私が傷ついているんじゃないかって。
 そんなわけないじゃん。そう思う私と。
 ありがとう、と思う私。
 でもそれをうまく言葉にするのは難しいから。

沈黙に星が応える音を聞け、
たったひと日の、その一瞬の

 土手から伸び上がる雲が、私たちの上を越えていく。桃園くんは、唐突な私の歌に少し驚いた顔をしてみせた。
 どう思っただろ。そういえばこの人に今まで一度も、私の歌の感想を聞いたことはない気がする。
 
「……なんかわかんねーけど、かっけぇ!」
「え」
「すげえいいじゃん、その歌! マイっぽい。てかマイだ!」
「…………」
 
 言葉を失った私に向かって、桃園くんが大きく親指を立てた。それから、よくわかってないらしいのに自信満々の笑顔を浮かべる。
 
「……ぷ、ははっ。何それ」
「あれ? 笑うトコ? ま、いっか。ははは!」
 
 笑いながら歩きだした私の隣を、桃園くんも歩きだす。颯爽、という言葉が似合う足取りで。
 そのとき、頭をあの質問がよぎった。
 
「あのさ、聞いてもいい?」
 
 この人なら、なんて答えるだろ。
 ――人類をふたつにわけるなら、キミはどうやってわける?
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