第四話 ぬばたまの (桃園林吾)

 オレは、日曜の午前がめっちゃスキ。
 結倉は普段からのんびりした町だけど、日曜の午前は、時間がいつもよりテローンって感じになる。みんなが「やすんでまーす」って言ってるみたいな、やさしくて穏やかな空気が流れてる。  
 
「お、やってるやってる」
 
 衣川ころもがわの土手から原っぱを見下ろすと、結倉小学校の子どもたちが、サッカーや野球で遊んでいるのが見えた。他にも犬の散歩をしてる人や、野球を見に来てるおっちゃんたち、それから――
 
林吾りんごちゃん。おはようね」
「おっはよー!」
 
 思掛おもかけ橋から渡ってきたおばさんに、オレは挨拶する。 橋は衣川の真ん中にある浮島に繋がってて、島全体が浮宮むく神社だ。
 神社には土地神さまがまつられてるから、結倉の人たちは足繁くお参りしに来る。土地神さまが今日も心穏やかであられますようにって。
 そしてオレたち歌詠みは一ヶ月に一度、あの浮島で歌合うたあわせをする。大事な役目だ。
 
「林吾ちゃんも、ご挨拶?」
「そんなとこ」
「ところで判者はんざが交代するんだって? もういきなりでびっくりしちゃったよ」
「だよなぁ。でも安心してくれよな。次の判者が来るまで、オレたちがばっちり結倉を守るから!」
「まあ、頼もしい。歌詠み衆のみなさまに、どうぞよろしくお伝え下さいな」
 
 おばさんはニコニコ笑いながら、土手を越えていく。
 オレは、浮島のこんもりした木々に目を向けると、柏手を大きく打って、頭を下げた。
 
「はよーございます! おっし、今日もやるぞ~!」
 
 何をやるかって? もちろん短歌の練習だ。歌詠みに選ばれたときから、予定のない週末はこうして土手にくるんだ。なんだって鍛錬は必要だろ?
 オレは広々とした土手を見下ろすと、歌を詠み始めた。

日曜の朝の空気がめっちゃ好き! コレをスマホで撮れたらいいのに!
 
草の色! 吹き抜ける風! 透明な! 好きな感じの朝のふんいき!!!

 人によると思うけど、オレの場合、頭に浮かんだものをすぐに言葉にしてリリース、ってのがフツーで。 ほら、スパゲッティだってできたてが一番うまいじゃん? 言葉も心に浮かんた瞬間が、一番鮮度あると思うわけ。
 何より、歌にしたいものがいっぱい浮かんでくるから、ついあれこれと詠みたくなるんだよなぁ。
 でもそれは逆を言うと、じっくり考えて、受け手がズシッとくるような歌が、オレには作れないってこと。言葉がまだまだ軽いって実臣さねおみにイヤミ言われたこともあるっけ。
 
「ぐぬぬ、ヤなこと思い出しちまった。実臣め……別にオレだって好きで軽いわけじゃ!」
 
 言葉が重くて、パンチ力がある短歌っていうと、すぐに浮かぶのはマホだ。あ、マホってのは空谷真秀そらたにまほって名前な。大学生っていうか美大生で、歌詠みのひとり。
 
「でもさー、正直マホと比較されてもなぁ。あいつの詠む力って半端ないし……だけど、ずっと言葉が軽いままだと、オレってばマホにおんぶにだっこ状態じゃ……うわ、かっこわるっ! ぜったいヤダ!」
 
 歌詠みのオレたちには、ふたり一組で守る宝具ってのがあってさ。宝具はそれぞれの神社に祀られてんだ。神社って聞くと、神さまが祀られてるもんだと思うかもしんないけど、物の場合もある。例えば、オレとマホがコンビを組んで守ってるのが、広末ひろみ神社に祀られてる【文鎮ぶんちん】。 だけど現状、歌を詠む力が強いマホが守ってるって感じだ。オレは……そのおまけ、みたいな。
 
「いやいやオレだって、気合はじゅうぶん――」
 
 ちょっと凹みかけて視線が地面に下がった瞬間、土手の下から歓声があがった。目を向けると、サッカーのゴールが入ったとこだった。シュートを決めたヤツがはちゃめちゃに駆けずり回ってる。
 あ、いいな。
 こういう瞬間を切り取るの、オレ、好きだ。

ちびっこのワーッて声が明るくて――

 浮かんだ思いを歌にしかけて、口を閉じる。凹むくらいなら、じっくり考えて歌を詠む修業すべきじゃね?  そうだよ、判者だって交代するんだ。パワーアップして、お出迎えもいいじゃん。
 
(うーん。新しいオレか……イメージとしては)
 
 ――奏一さん、とか?
 
「……っ! 奏一さんみたいな歌、詠めたらすごくね!? ま、枕詞とか使っちゃってさ!!
 
 やべー、オレが枕詞!
 ギュギュンって心が加速する。
 ちなみに奏一さんは、オレの超超超憧れの歌詠み。いつも落ち着いてて穏やかで。 しかも佐波家は昔から歌詠みを輩出はいしゅつしている名家。 当然、奏一さんの詠む歌はどれもすげぇ……ていうか、スーっとしてて。マホと違う意味で、オレがぜっったいに敵わないって思ってる人なんだ。
 軽く咳払い。よし。
 おとこ、桃園林吾、いっちょ詠むぜ!

ぬばたまの…黒ウーロン茶 とか飲んでみてちょっと大人になった日曜……

 「…………っ」
  
 うわっ。枕詞で詠めた!
 
 「今の……」
 「え? ……ぃええっ!?
 
 振り返ったオレは目を剥いた。だってそこには奏一さんがいたから。
 
「な、なななななんで奏一さ……」
「林吾が枕詞を使うなんて珍しいね」
「ほぎゃー!?
「うん。今の使い方、なかなかに斬新だよ」

 いつ見ても涼やかな顔立ちの奏一さんは、二月の日曜の午前だと、ウルトラハイパー涼やかましましで。そんな奏一さんが、勢いで詠ったオレの歌を吟味してるなんて――
 言っていい?
 死ぬほど恥ずかしいんですけどぉぉぉ!
 
「すすすみません! オレみたいなのが枕詞とか、お……おこ……おこげ?」
「もしかして、 おこがましい って言いたい?」
「へあ!? そ、それっす!」
「あはは。でもおこげは美味しいよね」
「うまいっすよね!!

 って違うだろ、オレ。そうじゃないだろ!
 耳がジンジンするくらい真っ赤になるのがわかる。うああああ、超はずい――
 
「林吾、おこがましいなんてことはないよ。使ってあげたほうが枕詞も喜ぶに決まっているし、それに今の歌、私じゃ思いつかないおもしろいものだった」
「え」
「また違う枕詞も使ってみたらどうかな。そのときもぜひ、聞かせて欲しいな」
「……あ」
「じゃあ頑張ってね」
「は、はいぃぃ!」

 笑顔で歩いていく奏一さんに、オレは思いっきりお辞儀をする。
 今の歌、おもしろかったって。また聞かせて欲しいだって。
 やべー。やべーでしょこれ。
 
「うおおお……奏一さんまじで好きだーっ!」
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