逃げんじゃねーぞ (桃園林吾)

 ひょうに襲われた一件以来、家にすっかり閉じ込められたマホのところへ、ミコトと訪れたのは夕暮れ迫る三月中旬。

「マホ! ちゃんとおとなしくしてたか?」
「桃じゃないんだから暴れたりしない」
「お~エライ!」
「空谷さん、どうも」

 部屋に入ったオレの後ろから、和菓子屋の明鏡堂めいきょうどうの水ようかんが入った紙袋を持ってミコトが続いた。

「これ、お土産」
「ありがと……あれ、ナカムラのケーキじゃないんだ?」
「逆に買いづらいって」

 マホとミコトが、含んだ笑みを浮かべる。
 ミコトが『買いづらい』と言ってるのは、たぶん、洋菓子店ナカムラのマスコット、カトレアちゃんが店の前に置いてあるからだ。
 まあ仕方ないよな。どうしたってあれ見ると思い出すし。カトレアちゃんサイズの化けガラス。

「そういや、マホはナカムラのレモンケーキ好きだよな。いつもあればっか食べてね?」
「あの店で一番好き。次はレモン味のレアチーズタルト」
「空谷さんってレモン好き?」
「あれ、ミコト知らなかった? 好きってもんじゃねーぞ。レモンのはちみつ漬け、冷蔵庫に年中常備じょうびしてるし」
「それガチじゃん」
「……悪い?」

 軽くにらむマホがおかしくて、オレとミコトは笑い出す。
 そのうちにマホの家のお手伝いさんが、茶を用意してやってきた。熱いほうじ茶に、水ようかん。オレとしてはしょっぱいポテチもあると最高だけど、そこはガマンだ。

「で、どうでもいい話をしにきたわけじゃないよね?」
「おみさんとそーいちさんの化けガラス退治の進捗しんちょくを話そうかと思って。といっても相変わらず巡回だけで終わってるけど」

 ミコトが口を開く。

「一度も出現してないんだっけ?」
「うん」

 化けガラスが深夜に出現したという話を聞いた時は、オレもいよいよかと思った。でもあれ以来、実臣と奏一さんが同じ時間に町を巡回しても現れていない。もちろん一度出たから次も必ず、なんてわけじゃないけど。でも常夜とこよからそんなもんが通ってこれるくらい、今、結倉ゆくらは土地を守る力が弱まってるってことで。つまりヤバイわけで。

「オレ、思ったんだけど。初めて出たとき実臣も奏一さんも、手も足も出なかったんだよな? また出たとき大丈夫なの?」

 あっという間に食べ終わった水ようかんのカップを、オレは木のスプーンで叩く。

「鷹さんと波さんが、対策を考えてないとは思えない」

 マホが手にした茶碗に目を落としながら言った。

「対策は考えてるかもだけどさ……歌の力の強さでいったらマホが一番じゃん」
「……桃、わかってるだろうけど、俺は手伝えないからね?」
「わかってるって! でもマホがもし歌合わせ以外でも詠めたらさ、今回のカラスだってバババッて倒すのにって考えちまうんだよ~」
「バババって。その表現、めちゃくちゃアバウト」

 ミコトが肩を揺すって、笑う。
 ちぇ。だけどマホは本当にすげぇヤツだから、日常でも歌を詠めたら、すっごい頼りになるはずだ。今みたいな非常時ならなおさら。
 そんなのオレが言うことじゃないってわかってるし、本人のマホが一番もどかしいのは知ってるけどさ。オレはマホの相棒として悔しいって思っちゃうんだよ。

「力が強いって言えば、空谷さんの先祖に有名な歌詠みいたよね? 結倉歴代六歌仙ろっかせんって言われた……」
「空谷弦昌つるまさね。曾々祖父そそそふにあたる人だよ。俺はその血を引き継いだんだねって、子どもの時はよく言われた。俺からしたら引き継いだなんて言えないけど。弦昌の歌はどれもすごいから」
「ふうん、空谷さんがそんなふうに断言するレベルなのか」
「…………」

 六歌仙 かぁ。こんなときマホとオレは違うんだって感じる。
 オレん家は奏一さんの家やマホん家みたいに、何人も歌詠みを輩出はいしゅつしていない。いたってフツーの家。だからオレが歌詠みに選ばれたときは「どうして桃園くんが?」って陰で言われたりした。ていうか今も言われてると思う。
 でもマホは違う。血筋はすげーし、マホ自身にも才能があってなるべくしてなった。その期待は子どもの時から今もずっと続いてる。
 正直そんなマホとの差にへこむこともある。
 でもオレは歌を詠むのが好きだから。誰にだって自由に、心のままに、歌を楽しむことは許されてるから。凹んでるだけなんてイヤだ! ってそのたびに気合を入れ直すんだ。

「その弦昌さんは、どうだったの? 空谷さんみたいに歌合でしか詠めなかったわけ?」
「日常でも詠んでたみたい。弦昌の歌は【調和】って言葉がピッタリで……歌の力で周囲をねじ伏せるというより、おそらく判者はんざの力に近かったんじゃないかと思う。俺の勝手な推測だけどね」
「うわー。判者の力に近いって意味わかんなくね?」
「だからこそ六歌仙って言われてるんだろうね」

 確かにそうか。
 オレはひとり納得しながら、紙袋に入った二個目の水ようかんに手を伸ばし、ふと顔をあげる。

「なあ、話変わるんだけどさ。オレ、化けガラスについて調べてみたんだよね。ほら図書館に歌詠みが使ってオッケーの古い書庫あんじゃん? あそこにマイと一緒に行ってきてさ。退治のヒントみたいなもん見つかんないかなーって思って」
「おー、そうなのか? ぞの、やるなぁ。えらいぞ」

 ミコトが笑いながら、グッジョブというように親指を立てた。

「へっへへ、だろ?」

 照れくさくなりながらオレは頭をかくと、さっそくスマホを取り出す。
 
「えっと、化けガラスってのはもともと戦とかで人間のしかばねがたくさんある場所に出るバケモノらしくて、カラスの姿をしてるけど瘴気しょうきの塊なんだって。で、その瘴気で人を弱らせちゃうんだと」
「てことは、あんまり長く近づかないほうがいいってことか」
「広範囲で飛び回られても危険そうだね」

 マホは考え込むように眼鏡のブリッジを押し上げ、ミコトはあぐらをかいた膝の上にひじを乗せて頬杖ほおづえをつく。ふたりとも真剣な顔つきだ。
 うんうん、だよな。オレもそれについては気づいたぞ。で、その対策も思いついてたりするんだなー!

「だったらさ、おびき寄せればよくね? 逃げ回るのを追いかけるのって疲れるじゃん」
「……まー、ぞのの言う通り、それがベストだな。でも問題はどうやっておびき寄せるかだよ」

 口にくわえていたスプーンを外し、ミコトが首をかしげる。

「えっとだな、化けガラスには好物があって。なんだっけ……そうそう、屍肉しにく!」

 スマホの画面を見ながらオレが言うと、部屋が一瞬、静かになった。

「…………ぞの、屍肉をどこから調達するつもり?」
「屍肉ってなんだかわかってる、桃?」

 こいつ、言ってる意味わかってんのか? って顔をふたりが同時に向けてくる。

「むっ……屍肉ってのは死体のことだろ? 馬鹿にすんなよ、マイに教えてもらったし!」
「教えてもらってるんじゃん……」

 マホがぼそっと突っ込みを入れてきた。
 うぐぐ……!

「と、とにかく本物の死体を使うって話じゃなくて、死んだふりするのはどうよ? これなら手間がかからないだろ? 俺の案はな、実臣に賞味期限が切れた肉をさ、額にちょっと貼り付けてもらって死体役をしてもらうんだよ」
「……まじか。おみさんに」

 あれ、ミコトの顔がめっちゃ真顔になってる。これってどういうふうに捉えればいいんだ? オッケーてこと? イケルかも……? って思ってくれてる!?

「で、化けガラスを仕留めるのが奏一さん。オレは奏一さんをサポートする役。あ、化けガラスはひどい臭いだから、奏一さんとオレは鼻の下にメンソールを塗ればカンペキ!」
「桃……メンソールはどこからでてきたの?」
「海外ドラマで検視官が言ってた。フランシュウ? に効くんだって。どう? いい案だと思わね?」

 オレは自分の考えたプランに満足すると、マホたちを見つめた。
 いやー、オレってば天才じゃない?

 絶対に負けねーからな化けガラス! オレらにビビッて逃げんじゃねーぞ!!

 意気揚々と歌を詠む。気分は当然、最高に盛り上がっている。
 でもなぜかマホとミコトは黙ってオレを見つめるだけ。しかも無言で。そのうえ表情がなんとなく――微妙。

「えーっと? 何そのノーリアクション……」
「ぞの、お前の努力と熱意はわかった。調べてくれたのも感謝してる。おみさんの額に賞味期限切れの肉を乗せるとか言えんのもお前だけだ。ただひとつ言わせてもらうと化けガラスは深夜に出る。基本、常夜のものは夜にしか出没しないからな」
「おう、知ってる」
「で、深夜ということは、お前は化けガラス退治には参加できない」
「……!?

 予想していなかった話にオレは目を見開いた。
 参加できないってどゆこと? なんで?

「……その反応、やっぱり」

 ミコトがため息を吐きながら、茶碗を手に取る。

「お前、今17歳だろ? で、414日で18歳。ここまでオッケー?」
「お、おう」
18歳未満は23時以降、青少年保護育成条例で、保護者抜きでの外出は禁じられているんだよ。つまりお前は現時点ではアウトってこと」
「……う、嘘だろ!?
「嘘じゃない。ちなみに朝の4時まで、やっぱり保護者抜きは駄目な」
「どえええええっ!?

 そんな馬鹿な。オレと奏一さんと、実臣の化けガラス退治作戦が!
 呆然とするオレの肩をマホが軽く叩いた。

「とにかく波さんと鷹さん、みこに任せておけ」
「はっ!? ミ、ミコトは参加できるのか……ずりぃ!」
「何がずるいんだよ。俺からしてみれば、お前のほうがずるい」

 誰が好んで、ひどい臭いの化けガラスを深夜に追いかけるんだ、とミコトはぶつぶつ文句を言っている。

「じゃ、じゃあ、そのときだけオレが小鈴みことになればよくね?」
「意味わからないこと言わない、桃」

 オレの最後の悪あがきもマホにあっさり却下されると。

「な、納得いかね~!」

 水ようかんを持ったまま、オレはがっくりと項垂れたのだった。
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