後ろ指 (新館舞依)

LINER NOTESライナーノーツ』に寄ったのは午後三時も過ぎたころ。図書館で調べものをしていて食べそこねた、ランチのためだった。

「や、いらっしゃい」

 カウンターにいた鷹屋たかやさんが私に笑いかける。小さく会釈えしゃくをすると、奥のソファ席に向かった。なんだかんだで借りた本が重かったため、バッグを置くと、ほっと息をつく。

「何にする?」

 テーブルまで注文を取りに来た鷹屋さんが、緩く首を傾げた。

「ランチってもう遅いですよね?」
「プレートはないけど、サンドウィッチは作れるよ。どう?」
「じゃあ、それで」
「オッケー。それとホットミルクティー……だったかな?」
「あ、はい」

 なんで私が好きな飲み物を知っているんだろ、と一瞬思ったけど、相手は鷹屋さんだ。常連さんが何を好きか、彼なら把握していてもおかしくない。

「少々お待ちを」

 カウンターに戻る姿から視線を外し、バッグから本を一冊取り出した。
 休日の、この時間帯、店はあまり混んでいない。かといって静かなわけでもなく、耳障りにならないボリュームで音楽は絶えず流れている。そういうところが、すごく「鷹屋さんっぽい」と思う。
 そのまましばらく本を読んでいると、再び鷹屋さんがトレイを持って歩いてきた。

「お待ちどうさま」

 ブラウンの無骨ぶこつなプレートに載せられた、サンドウィッチとウェッジカットのポテトフライ。ガラスの小皿に入ったマカロニサラダ。

「おいしそう……」
「ありがと」

 ポットに入ったミルクティーを注ぎながら、鷹屋さんが微笑む。

「そういえば、ここに来る途中、近所の様子を見てきたんです」
「うん?」
「風邪ではなさそうなんですが、体調崩している人が多いみたいで。それが気になりました」

 私の言葉に鷹屋さんは表情をかげらせた。

「そういえば、ここの常連さんも妙にだるいとか、熱はないのに息苦しいって言ってる人、出始めてたっけ」
「そうなんですか?」
「ああ。あとは庭の植物の相談してくれた野間さん、この前、用水路で気泡がボコボコあがってるの見たって。驚いて覗いたら、気泡は消えたらしいけど」
「……化けガラスの次は、カッパとか言いませんよね?」
「うわぁ、それはないと思いたいなぁ。化けガラスもまだ解決できてないし」

 結倉ゆくらのあちこちで起こる嫌な感じ。
 ひとつひとつは大きなものではないにしても、今までと違う【歪んだ】日常に私は暗い気持ちになって、ティーカップに目を落とす。
 一日でも早く――

「判者が来てくれればいいんだけど」

 ぽつりと呟いた言葉は思ったより切実に響いた。

「ああ、もう三月も下旬だ。来てもおかしくない頃だよな」
「はい」

 鷹屋さんの受け止めるような返答に、私は小さくうなずく。

「……ところで」

 店が落ち着いているのを確認する仕草をしてから、彼は椅子の背に軽く寄りかかった。

真秀まほ林吾りんごの様子はどう? 何か聞いてる?」
空谷そらたにさんは相変わらず屋敷に閉じ込められているみたいですよ。それと、桃園ももぞのくんは化けガラス退治に参加できないのを、まだ根に持っているようです」
「ぶはっ、あいつ……まあ、図書館でいろいろと調べ物してくれてたみたいだし。そりゃ、お前は不参加って言われたら怒るか」

 肩を震わせた彼は、一瞬だけ真面目な顔に戻る。

「でも俺を死体役にするのは酷くないか? 奏一そういちとの扱いが違いすぎ」
「いつものことですけどね」
「まあな。しかも奏一にその話をしたら、『君ならうまく死体役ができる気がする』って言われたんだけど。これ褒め言葉なのか?」
「……あ、あはは」

 冗談なのか、本心なのか。
 佐波さんの性格を考えると、どうにもジャッジしづらい。

「まあ、林吾はともかくとして、真秀にはもう少し我慢してもらうしかないな。申し訳ないけど」
「空谷さんはわかってると思います」

 私と桃園くんは十八歳未満。それから事情があって結界が張られた家にいなければならない空谷さん。化けガラスに関しては、鷹屋さんたちにほぼ任せきりだ。それが歯がゆくないといえば嘘になる。
 結倉は他の土地より閉鎖的で、独特な風習があって、少し居心地が悪いときもあるけれど。大切な町で、私は結倉を守る――歌詠うたよみだ。

後ろ指さされてもいい、クォーツのイヤリングが告ぐ「我はただ、我」

 心の柔らかな部分で歌がたゆたう。

「鷹屋さん」
「ん?」
「何かあれば言ってください。手伝えることはしますから」
「……手伝えることなら、か」

 鷹屋さんが私をじっと見つめる。
 威圧感はまったくない。だけどどこか見透かすような眼差しだ。私は思わずティーカップを持ったまま固まってしまう。

「じゃあ遠慮なく、舞依ちゃんにお願いしようかな」
「……それって歌詠み関連、ですよね?」

 何を言われるのだろう、と思わず言葉が口からこぼれた。

「もちろん。あ、ここでのバイトって手もあるか」
「何言ってるんですか」
「はは、冗談だって」

 軽く笑ったあと、鷹屋さんはテーブルに備え付けのデザートメニューを私に差し出す。

「え?」
「お願い事聞いてもらうから。何かおごらせて」
「でもお役目のことですから、そういうのは……」
「うん、でもさ」

 わかってる、と言うように彼は微笑んだ。

「ちょっと厄介やっかいかもなーっていうお願いだから」
「え……」
「いやいや、舞依ちゃんならちゃんと役目を果たしてくれるって、俺、信じてるけどね」
「…………」
「てことで遠慮しないで。何にする? 今日のケーキ? それともプリンアラモード?」

 ――そうだった。この人は私たち歌詠み六人の中で最年長で大人で、いつだって距離感は抜群で、相手を不快な気持ちにまったくさせない、世慣れたバーのマスターだけど。
 基本的に喰えない人、なんだ。
 目の前の笑顔を見ながら私は改めて再認識した。

「メニュー決めた?」

 小さくため息を吐いたあと、デザートメニューに目を落とす。
 そして。

「ライナーノーツ特製フルーツパフェ」

 迷わず一択。
 一番高いデザートを頼むことに決めた。
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