恋の闇、恋の光

「監視って……」

 都鳥から距離を取るように、さきは後ずさりする。しかしさきの警戒など気にならないのか、都鳥は視線をあっさり外すと周囲を見渡した。

「結倉ってのは変な土地だな。たくみから聞いたときはファンタジー小説の話かと思った」
「都鳥さんでしたよね。どうして私を監視していたんですか。久能さんはいったい……」
「あいつにはやることがある。俺はその手伝いに来ただけだ」
「やること? 結倉で何をするつもりなんですか」

(怖がっている場合じゃない……)

 さきは震える足に力を込めて立ち上がり、都鳥を見据える。

「先日、浮宮むく神社で私たちを見ていたのは都鳥さんですか」
「ん? ああ、お前が独り言を喋っていたときか。そうだ、俺だ。あれはどうなってたんだ? 傍にいたヤツらはマネキンみたいに固まっていたが」
「……御神木の神使が結界を張って、時を止めていたんです。本来なら私たち以外は動けないはずでした」
「シンシ? 時を止める?」

 都鳥は思い切り怪訝そうな顔をしたあと、肩をすくめる。

「ああ、説明はいい。この土地の変なことに俺は興味ない」
「私は気になります。どうしてあなたは動けたんですか」
「さあな。巧が何かしたんだろ」

(久能さん……つなの結界に干渉されないなんてことができるの? あの人は、何者なの)

「ここはどこだ? お前、わかってるのか」

 都鳥に言われ、さきは鳥居に目を向けた。
 向こう側から吹き付ける生臭い風に顔をしかめる。

「ここは、私が幼いときに神隠しにあった場所だと思います」
「神隠し? そりゃまたけったいなことがあるもんだ」

 まったくそうは思っていない口ぶりで都鳥が言った。

「で、また来ちまったようだがどうするんだ?」
「それは……」

 本当だったら宝具を祀った神社の穢れを祓ったあと、産土さまの神社を探すはずだった。なのに突然、空間が捻れ、吸い込まれてしまったのだ。

(不可抗力とはいえ、歌詠みのみんなと離れちゃった……舞依ちゃんに怒られるかも)

 ため息を吐いたさきは、それでも周囲を注意深く観察する。十五年前の神隠しに遭った場所のため、不安で恐怖もある。しかし、もはや自分は怖がるばかりの子どもではない。結倉の平穏を任された判者なのだ。
 一緒にいるのが「監視」をしている都鳥なのは微妙だが、ふたりで突っ立っているわけにもいかなかった。ここから出るためにも思い切って、鳥居の向こうを調べるべきだろう。

「私、鳥居の向こうへ行ってみます」
「そうか」

 歩き出したさきの背後を、都鳥も当たり前のようについてくる。

「一緒に来るんですか?」
「俺はお前を監視するよう言われている」

 さきは「そう、ですか」と口ごもりながら鳥居に近づいた。
 墨のようにとっぷりとした闇しか見えず、手招く白い手は現れない。絶えず吹いてくる嫌な風に髪が煽られた。気後れする思いを振り切り、さきは一礼すると鳥居をくぐる。

「……!」

 最初に目に飛び込んできたのは大木だ。注連縄が巻かれているため、この神社の御神木なのだろう。しかし今は黒い塔のようにそびえ、おどろおどろしい威圧感しかない。その向こう側に見え隠れするの拝殿は暗く淀んでいて、なんとも言い難い気配が漂っていた。
 水の干上がった手水を過ぎ、大木の傍までやってきたさきは息を呑む。木の根元に泉があった。周囲の岩から落ちる断続的な水音が耳を打つ。

(この音……夢で聞いた音だ)

 驚いたのはそれだけではなかった。その泉の真ん中に奏一が横たわっていた。

「佐波さん!」
「意識がないのか」

 都鳥と駆け寄ったさきは泉に入ろうとして立ち止まる。奏一は浮かんでいるわけではなかった。泉の【表面】に横たわっていた。さきはかがみ込むと、慎重に水面を触った。

「……固い」

 しかし凍っているわけではなく、水晶のように滑らかで光沢がある。

(この感じも夢であった……)

 さきは戸惑いながら池に足を踏み出した。足場がしっかりしていることを確認すると、奏一の横にしゃがんで手を置いた。

「佐波さん、わかりますか。佐波さん!」
「…………」
「佐波さん!」

 何度も呼びかける。
 長いことここにいたのか、奏一の身体はすっかり冷たくなっていた。

「駄目か?」
「そんな……佐波さん!」
「…………っ」

 さきの叫びに奏一が微かに身じろぐ。

「さ、佐波さん?」
「……あ、なた……は」

 薄目を開いた奏一に、さきは泣き出しそうになるのをぐっと堪えた。

「よかった、気づいたんですね!」
「判者……さま。ど、うして」
「おい、これを飲ませろ」

 都鳥が近づくとペットボトルをさきに渡し、奏一をゆっくり抱き起こす。都鳥が誰なのかわからない奏一は戸惑った様子を見せたものの、さきに差し出された水は拒まず、少しずつ唇を潤していった。

(佐波さん、やつれてる……もしかして、ターンした土曜日からずっとここに?)

「判者、さま……」
「なぜこの神社に? 何があったんですか」
「判者さま、は、ここがどこか、知って、るんですか」
「十五年前、私が神隠しで引きずり込まれた場所だと思います。鳥居の中に入るのは今日が初めてですが」
「神隠し……そう、ですか」

 奏一は頭を動かそうとして、痛むのか顔を歪めた。

「私は金曜日の夜に、家へ戻る途中で、何かに襲われたんです。それで、気づいたらここにいて……」

 途切れ途切れに奏一は話す。

「人影を見ました。私の周囲を廻りながら、何か、奇妙なことを言い続けてて……それから……女性、が……」
「女性……わっ!?

 聞き返そうとして、背後からの突風にさきは身体を大きくぐらつかせた。

「おい」

 都鳥の警戒した声に顔を上げると、周囲に薄霧が勢いよく立ち込めていた。ひた、ひたりと霧の向こうから足音が聞こえる。背中が粟立つのを感じながら、さきは静かに振り返った。
 そこに立っていたのは女だった。いや、異形の女と言うべきだろう。額に生えた角にさきは言葉をなくす。

「貴様……どうやって入った」

 女の冷え冷えとした声が響き渡る。

「どうやってここに入ったと言っている!」
「……っ!」

 風を叩きつけられ、さきは片手で顔を覆った。

「なぜここに女がいる……裏切ったのか、このわたしを! あなたは裏切らないと思っていたのに!」

 空に向かって女は吼える。頭上のどこか遠くで雷が轟いた。
 角の生えた女はさきではなく、奏一を見ていた。その口から灰色の息を吐き、目を赤々と燃やしながら距離を詰めてくる。

「口惜しい、どうして、なぜ……こんなにも、こんなにも愛しているのに!」
「待ってください、なんの話ですか」

 豹変した女に奏一が戸惑いの表情を浮かべた。

「うるさい!!

 女は身を震わせ、両腕を勢いよく振り払う。鋭い風がさきに当たり、奏一の傍から吹っ飛ばされた。硬い地面を身体が滑っていく。

「あ、ぐっ!?
「判者さま!」
「裏切り者! わたしを騙したのだな! 裏切り者めが!!

 女が奏一へと突進する。

「佐、波さん!」

 叫んださきは、素早く奏一を横たえた都鳥がその前に立ったのを見た。都鳥は女が振り下ろそうとした腕を止め、片足をあげたかと思うと、女の腹部を思い切り蹴り上げる。しかし女は微かによろめいただけだった。

「まじかよ」
「邪魔をするなっ!」

 振り切りかけた女の腕を都鳥は素早く打ち払う。

「おい、そこの、ハンザとかいうやつ」
「わ、私ですか?」
「俺は結倉のやつと違って、短歌を操れるわけじゃない。この怪物の対処方法など知らんぞ」
「どけぇ!」
「……くっ!」

 忌々しげに叫んだ女が両腕を払う。旋風が巻き上がり、都鳥に激しい音を立ててぶつかった。その長身が軽々と後方へ飛んでいく。

「都鳥さん!」

 さきは軽く混乱した。都鳥は久能に言われてさきを監視していたはずだ。
 そしてその久能は、自分に不思議なことを話した。結倉が歪んでいるのは本来、この土地にあるべき神でなく別の神がいるからだと。だから産土が元に戻れば、歌合をすることもなくなるのではと。

(久能さんは産土さまの復活を望んでいるんじゃないの? でも都鳥さんは佐波さんを助けようとしてくれている……味方ってこと?)

 結倉を混乱に陥れること、常夜を開くこと、それを望むのならば味方ではない。
 で、あるならば――。

「都鳥さんたちはどっちなの……」

 一瞬の迷いがさきの動きを鈍らせ、その隙きを異形の女は見逃さなかった。異様に煌めく目をさきに向けたかと思うと、大きく灰色の息を吐き出す。

「お前は死ねぇ!」

 女の振り払った腕が暗闇の中で白く浮かび上がった。大きな風の塊が目の前に迫っていることをさきは感じた。あっと声を上げる暇もなく、上空へと押し上げられる。首元に風が絡みついていた。

「あ、うっ!?」

 もがけばもがくほど絡みつき、息ができなくなる。視界が白く瞬いて、ゆっくりと薄緑色の幕が上から降りてくるのを感じた。

(だ、め……このまま、じゃ――)

 ふいに風が緩み、さきの身体は地面に落下した。喉に手をやり、思い切り息を吸う。激しく咳き込んだ。状況がわからず混乱したまま顔を上げると、目に飛び込んできたのは角の生えた女にしがみつく奏一の姿だった。

「やめてください! あの方を傷つけたら許しません!」
「離せ……離せぇ! あの女を選んだのか! わたしではなくあの女を! よくも裏切ったな!」
「なんの、話ですか……私はあなたを裏切るなどということは、していません!」
「嘘つきだ! お前はわたしを裏切った!」

 女は奏一を勢いよく払い、倒れた姿の前に仁王立ちする。生臭い風が女の乱れた髪をなびかせ、黒々とした霧が大きく渦を巻いた。
 怒りに満ち溢れた目は釣り上がり、開いた唇から犬歯が伸びていく。

「もうお前など要らぬ……! 死ねばいい!」

 呪いの言葉は、歪んだ波紋のように空間に広がった。

後朝きぬぎぬに結びしちぎり朽ち果ててさだめを恨む夜ぞふけにける

 女の口から歌が詠まれると、さきと奏一の身体はこわばった。女の背後から、境内の薄闇より暗い闇が伸び上がり、ふたりをあっという間に取り囲む。粘り気のある闇はぬっとりと地面を這い、周囲を侵食していく。
 風よりもさらに強い腐敗臭に、さきはたまらずうめき声を漏らした。しかし何よりも酷かったのは闇に含まれる「女の感情」だった。

 裏切り者。うらぎりもの――。
 あなたを愛していたのに。誰よりも何よりも愛していたのに。
 ずっと一緒だと、何度も甘く囁いただろう!
 それなのにあなたはわたしを捨てた。
 人ではないとわかった途端、古い衣を脱ぎ捨てるようになんの未練もなく!
 恨めしい。口惜しい。
 許さない。決してお前を――許さない!

 行き場のない怒りと憎悪が、さきたちを圧倒した。

「!」

 奏一の足元から、パキパキと音を立てて地面が凍っていく。草花に霜が降り、吐く息は真っ白に変わった。耳や鼻先が切りつけられたような痛みを訴える。

「……っ、なんて、感情だ」

 恋人に対する底なしの恨みつらみが、奏一の心を絡め取った。まるで心臓を握られたような苦しさだった。
 なんとか心と切り離そうとするが、容赦なく女の感情は奏一の内側になだれ込んでくる。騙された悔しさ、信じていた心を踏みにじられた辛さ、そんな恋人を慕っていた自分の愚かしさ――。
 切り裂かれた無数の叫びは耳を塞いでも、頭の中で鐘のように響き続ける。顎から汗が滴り落ちるのを感じながら奏一は喘いだ。

「か、はっ……!」

 浅く息を吸い、地面の砂を握りしめる。粉々になりかける気力を奏一はなんとか掻き集めようとした。
 呪いの歌を詠まれたのは不意打ちだったが、ここで倒れるわけにはいかない。この空間で今、女に対抗できるのは自分だけなのだ。そして、判者を守ることができるのも。
 なんとしてでも女を祓わねば。

「……っ」

 さきが心配になり、奏一は力を振り絞って上半身を起こす。
 さきはすぐ近くにいた。地面にぺったりと座ったまま、荒れ狂いながら叫ぶ異形の女を呆然と見つめている。

「判――」

 言いかけた奏一は瞠目した。
 さきの両目から、はらはらと涙が溢れていた。そして微かに震える青ざめた唇から、声なき言葉が零れる。

 ――助け、ないと

 なぞるように言葉を奏一が呟いた瞬間。
 心にいっぱいだった女の叫びは聞こえなくなり、静けさが戻ってくるのを感じた。おそらくそれは一瞬のことだったが、奏一にとってはそれでじゅうぶんだった。
 自分は間違っていた。
 女を祓おうとする、力任せの歌では駄目だ。

「乱暴にしてはいけない」

 それでは彼女を裏切った男と同じじゃないか――。
 奏一は息を深く吸い込む。今は生臭い風も気にならなかった。気持ちを鎮め、波一つ立たない水面を心に作り出す。

「私はあなたのことを何も知らない……膝を怪我したあなたを手当てしたこと以外、何も」

 だけど、と奏一は女を見上げた。縁側で話したときのさびしげな横顔や、氷のように冷たかった茶碗を思い出す。
 こんなにも恨みと憎しみで、心を激しく燃やしているというのに。その実(じつ)、凍てついた場所から女は一歩も動けないでいるというのか。
 歌が生み出したこの世界のように何もかもを凍らせて。
 裏切った男と自分の区別もつかず、取り乱し、泣きわめきながら。

「失った愛を、取り戻そうとしているのですか」

 もしそうならば、それはなんと――哀れなことだろう。

「あぁっ! お前など! 裏切ったお前など死んでしまえばいい!」

 女が奏一に掴みかかる。両腕を強く握りしめられ、奏一の口から苦悶の声が上がった。けれど振りほどかなかった。痛みに顔を歪めながら、奏一は女から目を逸らさなかった。

あきらけき夜ぞふけにける 傍らで眠れる君の揺籃ようらんとして

 奏一が歌を詠み終えた瞬間、周囲を取り巻いていた闇に一点の光が穿たれた。ぱっと見ただけではわからないその小さな光は、女と奏一の間でささやかに輝き瞬く。
 恋しい人と目を交わした喜び、指先が触れ合った愛しさ、他愛もないことを語り合う時間――過ぎていく日々の中で積み重ねられる、すぐに忘れてしまいそうな一瞬一瞬。女の歌と比べ、それはなんとありふれた思い出だろう。けれど。

「……黒く塗りつぶされた闇のどこかに光があるように、恋の苦しみの只中にいるあなたの心にだって、恋の喜びは残されている」
「な、に……」
「恋を失って悲しいのは、あなたが愛する喜びを知っているからだ」

 夜空に灯る星のように、ほのかな光を瞬かせながら小さな光が闇を次々と穿っていく。
 目を見開いた女は奏一から手を離し、後退った。

「あなたは……あの人、じゃない」

 その目に恐怖が浮かぶ。

「あ、ああ、あ……何を、した。わたしに、何をした!」
「あなたは思い出しただけ」
「思い出したくない、思い出したくなどない! やめろ、やめろ!!

 女の身体に光がいくつも瞬くと、鋭い牙と角がからりと落ちた。女は顔を覆い、激しく首を振り続ける。叫ぶその声が次第にすすり泣きに変わっていった。

「こんなことをしても……無駄だ……わたしは裏切った者を許さない……決して!」

身体を折り曲げ、それでも女は抗うように苦しみもがく。足元から真っ白で眩い光に包まれていくのを、さきは少し離れた場所から見つめた。

「許さなくてもいい」
「……!」

 奏一の言葉に女が怒りの涙に濡れた顔を上げる。しかし奏一は、女に向かって悲しげに微笑んだ。

「ただ私は、あなたに幸せであってほしい」

 動揺で瞠目した女の目から赤々と煌めく光が消え、少しずつ霧の日に会ったときと同じ、寂しげな顔に変わっていく。ねっとりとした闇は薄れ、奏一たちの目の前で女の姿が光の欠片となって薄れた。
 さきは唇を結んだ。奏一の歌によって祓われる女に向かって、何を言うべきなのかわからなかったからだ。いや、言えることなどないのかもしれない。

 ふと女が身をかがめ、自身の消え掛かる膝にそっと触れた。

わが背子にまたは逢はじかと思へばか今朝の別れのすべなかりつる

 さきたちの耳にかぼそい声が届く。

(この歌は……)

 さきは奏一に視線を向けた。
 奏一は女を見つめ、それから一瞬、目を閉じる。

現世このよには人言ひとごと繁し来むにも逢はむわが背子今ならずとも

 歌を詠み終わった瞬間、柔らかな風がさきと奏一に吹いた。それは凍っていた手足を温める、春の息吹にも似たものだった。

――やさしい、人

 奏一を見つめる女の頬に透明な涙が伝う。そしてふたりの前から最後の光は消え、薄霧が暗闇を消し去っていった。闇と光は混じり合い、怨念の塊だったものが解かれ、あるべき場所へと還っていったのだ。
 女が救われたのかはわからない。でも――救われていてほしい。勝手な願いだとしても。
 さきはもう何もない空間に向かい、両手を重ねると頭を下げた。

「……っ」

 空間から闇が取り払われると、奏一は身体から力が抜けるのを感じ、地面に座り込んだ。

「佐波さん!」

 さきは急いで駆け寄って背中を支える。奏一の身体は霧と汗でぐっしょりと濡れていた。

「判者さま……ご無事、ですか」
「大丈夫です。でも佐波さんが……」
「問題ありま、せん」

 唇に無理やり笑みを乗せる奏一に、さきは内心で焦った。顔色はますます白くなっていて、目元もすっかり窪んでいる。短歌を詠んだことで、ほぼギリギリだったはずの精神力も削られたはずだ。なんとかしなければと思うのに、相変わらず産土の神社の空気は淀みきっており、しかも出られる気配がまるでない。

(このままじゃ佐波さんが持たない)

「あの女は消えたか」
「都鳥さん! 大丈夫ですか? 怪我は……」
「問題ない」

 離れた場所にいた都鳥は戻ってくると、軽く肩をすくめた。

「ここにいつまでいるつもりだ。また同じように変なのが出てきたら困るんだが」
「私も外に出たいんですが、どうすればいいのか……」
「判者!」

 さきの返事に被さるように声が響く。駆け寄ってくる姿はふたつ。みことと真秀だった。

「みことくん、空谷さん!」
「浮宮神社に戻ったら空間が歪んでて、つなが倒れてたから驚いた」

 みことはさきの腕の中にいる奏一を見てから、さきの背後にいる都鳥に視線を向ける。

「……あなたは誰? なぜここにいるの」
「おっと」

 警戒する真秀とみことが、さきたちのあいだに立ち塞がった。都鳥は苦笑いを浮かべながら二歩下がる。

「不思議……あなたからは何も感じない」
「そりゃそうだ。俺はただの一般人だからな」
「でも、上着の胸ポケットから強い力を感じる」

 真秀が目を細め、都鳥のポケットを指差した。

「ん? ああ、こん中にはちょっとしたもんが入ってる。俺みたいな人間が、こんなところにおいそれと入れるわけがないからな」
「判者とそーいちさんに何をした?」

 みことが一歩踏み出そうとしたときだった。

「宇紋から離れてくれませんか」

 涼やかな声が聞こえ、久能が姿を現す。

「く、久能さん!?
「なるほど、ここが産土神社。ようやく来れました」

 呆然とするさきに目を向けて、久能はにこりと微笑んだ。

「あなたは十五年前に来ましたね」
「お前……なんでここに」
「もちろん産土神社に来たかったからです。かつて神社が取り壊されるのを怖れ、狭間へと移したのは他でもないわたしの曽祖父ですから」

(久能さんの曽祖父が……)

 事実に驚き反応できないさきたちを気にも留めず、久能は境内を歩き回る。そして暗く底の見えない泉に近寄り、唇をひょいと歪めた。

「――これはなんとも哀れな」
「え?」
「久能さんだったね。あなたの曽祖父は歌詠みだった」

 さきの呟きと真秀の問いかけがぶつかる。泉から離れた久能は顔を真秀に向けた。

「ええ、そうです。君は空谷弦昌の子孫かな。君自身にもかなりの力があるようだ」
「……それはあなたもじゃないの?」
「そうかもしれませんね」

 微笑みを崩さない久能の傍に都鳥が行く。

「なあ、巧」
「はい?」
「どうでもいいが、大木の向こう側に隠れてるやつがいるぞ」

 都鳥のなんの気なしの発言に、さきたちの視線は泉へと動いた。風が小さく唸り、岩場の水が落ちる。

「出てきたらどうですか」

 久能が静かに言った。すると大木の影からひとつの姿が現れ、芝居がかったように恭しくお辞儀をしてみせた。

「長らくの無沙汰でございます、久能さま」

 面を上げた姿に、さきは息を大きく呑む。
 それは、何度も結倉の町中で見かけたことがある人物――実臣のバーの常連でもある、野間だった。
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