いかずちの決意 ~桃園林吾エンド~

「鎮める方法なんてわかんねぇけど……先輩は絶対に助ける!」
「桃!」

 真秀の声が聞こえたが、林吾はそのまま闇へと突っ込んでいく。

「うぉぉぉぉぉっ!」

 叫びながらまっすぐにさきへと走った。しかし、そびえる闇の壁が大きく揺らいだかと思うと、さきの姿は林吾の目の前から消し去ってしまう。

「なっ」

 あともう少しというところでさきを見失い、林吾に動揺が奔った。壁はもろもろと剥がれ、黒い影となって林吾を襲い出す。
 慌てて両腕で振り払いながら駆けるが、影は執拗に追いかけてくる。

「くっそ……先輩! どこにいるんすか、先輩!」

 前もこんなことがあった。林吾はそう思った。
 あれはタヌキの妖怪村のときだ。実臣とさきを探して坂道を駆け上がり、竹林を必死になって突っ切った。
 それから――遊園地に一緒にいったときもそうだ。花時計の前で会う約束をしたさきと連絡が取れなくなった。さきが困っているのではないか、迷っているのではないか、考え出すと止まらなくなって、スタッフに注意されながらも林吾は園内を走った。顔が見えたときは心底嬉しかった。ほっとした。
 そして思った。さきより年下だけど、自分はさきに頼られる男になりたいと。

「邪魔すんな!」

 黒い影を打ち払い、林吾はにらみつける。

「……どんなことがあったってオレは見つける」

 大きく息を吸い込んだ。

「先ぱぁぁぁぁぁい!!! 待っててくださぁぁぁい! オレ! すぐに行きます!!

 両手を握りしめ、闇を突っ切る。ぐんぐんと足は前に出た。
 どこまで続いているのか、その方向で間違っていないのかもわからなかったが、林吾は迷わなかった。

「……ん?」

 視界を何かが横切る。さきの姿かと思って足を緩めた林吾は、暗闇にのっぺりと浮かぶ月に目を見張った。

「は、月? なんで? さっき朝飯食ったばっかだろ」

 首を傾げ林吾は少しだけ考えた。

「どーなってんだ。くそっ、マホならわかりそうだけど……」

 唸ったあと勢いよく頭を振る。

「あー、考えんのやめ!」

 ここには自分しかいないし、浮かんでいる月がなんだろうと、やるべきことに変わりはなかった。気合いを入れ直し、再び全力で走り出す。そうだ、宙に浮かんだもののことなど気にしている場合じゃない。
 さきを助けることが最優先だ。

「うわ、とっとと!」

 走っていた林吾は地面が揺れるのを感じると、崩れかけたバランスを取るため両腕を広げる。どこからか恐ろしげな地響きが聞こえてきた。

「今度はなんだよ」

 苛立ちながら林吾が周囲を見れば、空間にそびえる分厚い石のモニュメントが、いつのまにか暗闇の奥に出現していた。よく見ると、それは二枚隣り合った扉だった。
 冷たい風が林吾に吹きつけ、吐く息を真っ白に変える。

「……ひぃえっ!?

 肌をひりつかせる冷たさに、林吾の身体はあっという間に熱を奪われる。薄っすら汗ばんでいた額や腕にはすでに霜が降りていた。

「な、なんだこれ! いってぇ!」

 霜を叩きながら盛大に顔をしかめる。

「あの扉、意味わかんねーぞ! オレは先輩を探さなきゃ――」

 言いかけた言葉は飲み込まれた。
 扉を睨んだ林吾の目は、その前に浮かぶ小さな姿に縫い留められる。

「……先、輩」

 はっ、と真っ白な息で目の前が見えなくなった。
 林吾は全速力で駆け出す。冷たい空気に晒され、耳は千切れるほど痛かったが気にしなかった。

「先輩!!

 両腕を伸ばしその腕を掴んだ。しかし思い切り引っ張ってもさきは動かない。

「ちっくしょ、どうなって……」

 むしろ引っ張るのを止めれば、さきは沈んでいってしまう。林吾は焦った表情を浮かべ、暗闇の空間を睨んだ。

「おい、先輩を連れて行かないでくれ! 土地神さま! 先輩を連れて行くな!」

 しかし土地神からのいらえはなく、吹きすさぶ冷たい風が高く鳴る音ばかり。

「ちくしょう……見つけたのに……絶対に守るって約束したのに……こんなん、守るうちに入るかよ!」

 林吾は腕に力を込めて、さきを必死に引っ張った。

「行くな! 目を覚ましてくれ! 先輩!!

 ――先輩!

『で、何が不満なわけ?』
「え……」

 瞬きをした林吾は目の前に座る真秀を見て、ぱちくりと瞬きをした。
 そこは真秀の部屋だった。
 状況がまるでわからなかったが、自分は漫画の雑誌を手にしていて、真秀は課題の途中なのかスケッチブックに向かっている。

『歌合で判者に短歌を選ばれたことの、何が不満なの?』

 真秀はスケッチブックから目を離さずに、もう一度言う。林吾はその言葉の意味を理解したが、まだ状況に混乱していた。
 自分はさっきまで、さきの手を必死になって引っ張っていたはずだ。
 どうなっている?

『桃?』
「え、え? あーっと、不満じゃねーけど」

 戸惑いながら言い返せば、林吾の記憶は少しずつ蘇る。
 これはたしか――さきが判者としてやってきて、初めての歌合を終えたあとの話だ。

『じゃあ、判者の判断を疑ってるとか?』
「んなわけねぇ! 先輩の判断は絶対だ!」
『だったらなんなの?』

 一瞬だけ真秀は目を上げる。その空色の目を見ると、林吾はするりと次の言葉が出た。

「――クラスのやつに、オレの短歌が選ばれたの信じてもらえなくて」
『ふぅん』
「『空谷さんや、佐波さんの短歌が選ばれなかったの?』とか言ってきてよぉ」
『へえ』
「めちゃくちゃ失礼じゃね?」
『それってさ』

 真秀が薄い笑みを浮かべる。

『誰に対して失礼だと思ってんの? 桃自身? それとも判者?』
「え……」

 ポテトチップスに伸ばしかけた手を止めて、林吾は黙った。

「……そっか。オレ、先輩をバカにされた気がしてムカついたのか」
『そうなの?』
「え、マホはそーゆーー意味で言ったんじゃねぇの?」
『桃のことなのに俺がわかるわけないでしょ』
「なあマホ、オレ、先輩のこと好きだ」

 林吾が身を乗り出すと、真秀は唇を歪める。

『だろうね』
「前の判者さまのことも大好きだったけど、先輩は年が近いのに判者を頑張ろうって思ってて、最初っから変なことあるのに、いつもにこにこしてて、すごいって思う。歌詠みとして、オレ絶対支える!」
『ん、頑張れ』
「おう!」

 耳元で風が鳴いた。林吾はぱっちりと目を開ける。
 辺りはもとの暗い空間に戻っていた。掴んださきの腕は暗闇に沈んでいる。状況は何も変わっていなかった。
 だが林吾は片方の手を伸ばし、さきの頬をそっと撫でる。

 ――絶対支える

 あのとき言った言葉の重みが、林吾に伸し掛かった。
 絶対、なんて強い言葉を言えるだけの力が今の自分にあるのか。わずかに林吾の心は揺れたが、心の最も深い部分はすでにわかっていた。

 やれるかどうか? そんなもん、やるしかねぇだろ。

「……すんません、先輩。あとちょっとだけ辛抱しててください」

 大きく息を吸い込み、林吾は足を踏ん張らせた。

「土地神さま、先輩を返せ!!

呼ばれたらいつでもすぐに応えたい 雨・晴れ・曇り、どんな時でも!!!

 ――あれ、この感覚なんだ?
 歌を詠んだ瞬間、林吾は瞬きをした。それは今までと違う感覚だった。全身の隅々から身体の中心に勢いよく力が集まっていく。鼓動が速まり、力はうねり、絡み合い迸った。

 真っ暗な空間を金色の眩い閃光が切り裂く。

「……雷」

 林吾はタイムラグで全身を震わせる轟音に見舞われた。あちこちで雷鳴は轟き、時に青白く、時に金色の光で暗闇を切り裂いていく。

「うわぁぁぁ!! な、なんだこれどうなって……わわわっ」

 空間が揺らぎ始めたことに気づくと、林吾はさきの腕を引っ張った。ビクともしなかったさきの身体が難なく腕の中に収まる。
 雷から庇うようにぎゅっとその身体を抱きしめた。

「……っ」
「せ、先輩?」

 さきが息を吸い込んだ気配に気づき、林吾は焦れたように閉じられたさきの目を覗き込む。ゆっくりとその瞼が開くと、林吾はガッツポーズをした。

「気づいた!」
「……桃、園くん」
「もう大丈夫っすよ、先輩。いや、雷すげー鳴ってるんすけど、でもオレがついてます!」
「……ふふ、ふ」
「先輩?」
「真っ暗な空間に、いきなりいっぱい雷が落ちてきた」

 大きな音を響かせ、はちゃめちゃに落ちる雷に土地神もさぞかしたまげたことだろう。土地神の心の空間での出来事を思い出し、さきは肩を震わせて笑う。

「す、すいません! 怖がらせちゃいましたよね!?
「……ううん、元気な音に勇気もらった。目を覚まさなくちゃって思えた。ひとりじゃないって」

 最も信頼する人が助けてくれる、という昨夜の久能の言葉を思い出した。

「ありがとう、桃園くん」
「先輩……そんな……オレ、なんもできなくて。すいません、すぐ助けらんなくて」

 微笑むさきに、林吾は何度も首を横に振る。

「そんなこと――」

 言いかけたさきは辺りに立ち込める冷たい気配に気づくと、落ち着かなげに周囲へ視線を向けた。そして開きかけた扉の前に立つ、仄白い何かに目を留める。

「あれは……土地神さま」
「え? 土地神さま……って、あのモヤモヤすか!?」

 さきの視線の先を見た林吾が素っ頓狂な声を上げた。白く定まらない形のモヤは儚げに揺れながら、ふたりの前に浮んでいる。

――金色のいかずちを降りおろす者よ

 砂地を滑る、透明で薄い波のような声が響く。さきと林吾の表情は改まったものに変わった。

――そなたの願いが、わたしの心の底まで届き
――その者の心を揺さぶり、目覚めさせ
――わたしもまた激しき雷によって、あの場所から引き上げられた
――歌詠みにふさわしき、歌であった

 モヤは大きく伸び上がり、辺りを包み込んでいく。

「土地神さま、あなたのために何をすればいいですか」

 さきが声を上げるとモヤは揺れた。

――すべきことは為した
――封印は解け、この土地のあるべき姿が取り戻されるであろう
――わたしはしばし眠りにつく

「ま、待ってください!」

 さきは拳を軽く握ると、勇気を出して再び声を上げる。

「私たちが為すべきことはまだあるはずです!」

 モヤは少し沈黙をしたのち揺れた。

――ときおり、産土との思い出に寄せて、わたしに恋の歌を届けよ

「……っ」

 軽く唇を引き結んだあと、さきはうなずいた。

「お届けいたします。今度こそ必ずあなたに……あなたの心に!」

 モヤは波打ちながら大きく分厚い扉に当たった。地響きが聞こえ、開いていた扉が閉じられていく。広がっていくモヤは濃くなり、扉はついに見えなくなった。それでもさきも林吾も動かず、白い世界が真っ黒な世界を塗りつぶしていくのを見続ける。
 向こう側からまた声が聞こえるのではないか、と思いながら。


 数日後、さきたちは結倉駅のホームに立っていた。
 久能と都鳥を見送るためだ。

「こんなに早くに戻らなくても」
「問題は解決しましたから、いつまでも古書店の店長をしているわけにもいきません」
「……古書店……残念過ぎる」

 舞依ががっかりした様子で肩を落とす。
 暗闇に飲み込まれかけたさきを林吾が助けたあの日――土地神さまの白いモヤに包まれたあと、気づくと御神木の前に全員が立っていた。そして大慌ての様子のつなが空を見上げるよう告げると、結倉の空を飛び回っていた黒い影はあとかたもなく消えていて、細かな光が雨のように町へと降り注いでいた。
 光はしばらくすると止み、幾望の月が昇った夜空だけが残された。

『みなさまが捻れた空間へ入っていかれたかと思うと、しばらくして捻れが消え、そしてあっという間に太陽が昇って沈んでいったのです』

 つなは身震いしながら教えてくれた。

『あらゆることわりを覆す可能性があると判者さまには申し伝えましたが、時間の進みが速まるなど……なんとも恐ろしいことでございます』

 しかし澄んだ音がふいに響き渡り、それと同時に影が次々と消え、光が降り始めたのだと言う。時間の流れが正常に戻ったことを、そこでつなは感じたらしい。

『判者さま、そして歌詠み衆のみなさま、お疲れさまでございました』

 深々と頭を下げるつなの尻尾は、嬉しそうに大きく左右に振れていた。

「そういえば今朝バーに来た常連さんに聞いたんだが、野間さん、途中から階段になってる坂の上で、伸びてるのを発見されたらしい」
「野間さんが! 容態は?」

 思いがけない話にさきは驚き、実臣を見上げる。

「命に別状はないっていうか、病院に運び込まれたけどやたら元気だそうだよ。自分がどうしてそこにいたのか、それ以前のことも忘れてるみたい。あと、ちょっと……性格が変わった、みたいなこと聞いたかな」
「何それ?」
「豪快に笑うキャラになってて、見舞った人がビビってた」

 どうコメントしていいのかわからなかったのか、みことは黙り、そんな彼を見て、実臣も苦笑いを浮かべた。

「なるほど。彼はつくづくラッキーな人間ですね」

 くつりと喉を鳴らして久能が笑う。

「野間が産土神社の泉に目をつけたのは、産土の持っていた【水鏡】に近い存在と化していたせいでしょう。そこで儀式をし、壊せば、常夜の扉を開ける起爆剤になるとおそらく踏んだ」
「水鏡に近い存在……?」

 戸惑うようにさきが尋ねれば、久能は緩く首を傾げた。

「土地神が短歌を長きに亘って投げ入れ続けた泉は、もともと産土神社で力場だった場所だと思います。短歌の力と泉そのものの力が混じり合い、【水鏡】の代用を果たした……と考えるべきかと。結局、宝具の【水鏡】は出てきていませんしね」
「たしかに。変な話だけど、野間さんの目の付けどころは、ある意味まちがってなかったってことか」

 真秀がぼそりと呟く。

「まあ彼の場合、産土の復活を目論んだものの、実際に釣ってしまったのは土地神だったわけですが」
「そういえば私、思い出したことがあるんです。今となっては過ぎたことなんですが……」

 さきが口を開くと、歌読みや久能たちの視線が集まった。

「野間さんが鷹屋さんのバーに来て、三人目に倒れた大山さんの話をしましたよね。あのとき、『あれ?』って引っかかったんです。一人目は結倉が封印される前に倒れたけど、二人目は封印の後だった。翌日になればまた時間がターンして、結倉の人はそれに気づかないはずだから……」
「ああ、そうか。野間さんは【二人目】って言わなくちゃいけなかったのか」

 合点したように実臣がうなずく。

「あの違和感、気づけていれば、こんなことにはならなかったのかなって」
「それはどうでしょう。泉が壊されたことで、あなたたちは土地神の行為を知ることができた。気づかないままでいたら、どうなっていたかわかりませんよ」

 久能がさらりと言うと、「だよなぁ」と意外にも林吾が同意した。

「先輩、やっぱそれは過ぎたことだし、すげー大変だったけど、今回は事実を知れてよかったってオレは思います!」
「桃園くん……」
「ところで判者さま、産土さまは常夜に本当にいないの?」

 舞依の問いかけに、さきは少し黙った。

「お隠れになった神さまは【常夜】でない場所に行くのかもしれないし、あるいは、存在自体が消滅するのかもしれない……でも本当にどうなったかは、私たち人には永遠にわからずじまいな気がしてる」

 ただ、この世に戻ってくることはない。二度と。
 産土は言霊の神に別れの挨拶をしたとき、はっきりとそう告げていた。さきが確信を持てるのは、それだけだった。

「そっか……」

 舞依は少し俯き、黙る。

「なぁ、話を前に戻すけどよ。野間さんの性格が変わった理由って、結局なんだったんだ?」
「ああ……泉にあった恋歌は、あなたと判者さんの力によってすべて消えたでしょう? そのとき、野間の心に巣食っていた念も浄化されたのだと思いますよ」
「浄化って……それで豪快おじさんになったってのか?」
「陰気を食われて陽気になった。これをラッキーと言わずになんと言えば?」

 にこりと笑う久能に林吾が呆れたように「うへぇ」と唸った。

「でも、それで野間さんが二度と産土さま復活を考えないなら、いいことだよね」
「先輩、それお人好し過ぎるっすよ! 奏一さんなんて連れ去られてひどい目に遭ったんすよ!」
「私も判者さまと同じ考えだよ、林吾」
「奏一さん、仏っすかー!」
「で、判者さまたちが土地神から聞いた言葉ですが、『しばらく眠る』と言ったんでしたね?」
「はい」

 視線を林吾からさきに戻しながら、久能が言った。隣にいる林吾は身構えたのか、その身体が微かに揺れる。

「いずれ土地神が目覚めたとき歌合はまた必要となる。土地神の御心に囚われていたあなたなら、わたしの言っているこの意味……わかりますね?」
「……はい。土地神さまは、今後も恋歌を所望すると言っていました。歌合はこれからも続いていくでしょう」

 産土を喪失したことで生まれた大きな大きな空洞。土地神のあの悲しみを少しでも埋められるよう、恋の歌を届けねばならない――いや、届けたい。そう思うことは烏滸がましいかもしれないけれど、さきは心の底からそう思った。
 それは五十年、百年……いや、千年かかるかもしれない。

(それでも私たちは――結倉は、土地神さまと一緒に生きていく)

 ホームに滑り込んだ電車に乗って、久能と都鳥は去っていった。さきたちは電車がカーブを曲がって見えなくなるまで見送り続けた。


「はー、平和ってすげぇいいもんっすねぇ」
「そうだねぇ」

 二歩先で伸びをする林吾を眺めながら、さきは同意する。
 ふたりは今、浮宮神社の見える土手までやってきていた。林吾の提案で、実臣のバーにて夕ご飯を食べるという話が決まり、集合時間まで解散することになった。そして家に戻ろうとするさきを、林吾が呼び止めたのだ。

「先輩が産土さまと間違えられてんのかもって久能が言ったとき、オレ、ほんとどーなるかと思いました」
「桃園くんが助けてくれなかったら、あのまま閉じ込められていたと思う」
「助けられてよかったっす」

 心底ほっとした表情で林吾は言うが、すぐに難しい横顔になる。

「土地神さまはこれから落ち着いていくって言ってましたけど、わかんないっすよね。今回のことだって『そうだったのかよ!?』って話だったじゃないですか」
「そうだね」
「妖怪だっているし、常夜だってまたなんかのきっかけで開きかけるかもしれない」

 林吾の眉がぎゅっと寄った。

「そのたびに先輩は危険な目に遭うんだ」
「歌詠みのみんなだってそうだよ」
「でもオレたちは力がある。先輩はそういう力は持ってない。オレ、また先輩が闇に飲み込まれるなんてイヤだ」
「桃園くん」
「もっと強くなりたい。先輩のこと絶対に守るって、どんなときだって自信もった男に……ううん」

 歩みを止めた林吾がさきを振り返る。
 いつものあどけない表情は鳴りを潜め、紅色に煌めく目がまっすぐにさきを射すくめた。

「なるから、オレ。あなたのために」
「……!」

 高鳴った鼓動にさきは戸惑いながら、「う、うん」と口ごもる。

「でも、そんな急いでならなくていいよ」
「ええっ、なんでですか! オレは明日にでも……いや今日中にでもなりたい!」

 ぬおおお! と叫ぶ林吾に笑いながら、さきは澄み渡る空を見上げた。

「だって、そんなの……ときめいちゃうよ」
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