雨の問いかけ ~佐波奏一エンド~

 暗闇に沈んでいくさきを見た瞬間、奏一は全身の痛みを忘れ、さきに向かって駆け出し、無我夢中で飛びついていた。特別に運動が苦手というわけではないが、林吾のように動き回ることはあまり得意ではないし、「任せてくれ」と言う自信もない。それでも気づいたときには、前に向かって思い切り走り、さきの腕を掴んでいた。
 青白い顔をしたさきはピクリとも動かず、まるで眠っているようだった。

「判者さま、気をしっかり!」

 実臣たちへ援護を頼むため奏一は振り返り、あっと声を上げる。視界を闇の壁が勢いよく横切ったかと思うと、奏一たちと他の歌詠みたちを遮ってしまったのだ。

「実臣! 林吾!」

 何度も叫んでみるが誰の声も聞こえない。壁ができただけではなく、空間自体を切り離されたのかもしれなかった。
 奏一は唇を噛みながら、さきの頭に腕を回した。なんとか引き上げようと試みるものの、引きずり込もうとする闇の力が想像以上に強い。

「土地神さま、どうかおやめください……!」

 彼女を連れて行かないで――
 力を込めた腕に鋭い痛みが奔り、奏一は顔をしかめた。怪我を負っている全身が熱を帯び、たちまち汗は吹き出し始める。食いしばった歯の隙間から震える息がこぼれた。

「くっ……え?」

さきを掬い上げようとする自分の腕が、仄白い光に照らされる。戸惑いながら視線を上げれば、真っ暗な闇に淡黄色の月が昇り始めていた。

「月? 馬鹿な」

 ここに来たのは午前も早い時間だ。月が昇るには早すぎる。奏一は速まる鼓動を感じながら、白く照らされた自分の腕を凝視した。
 もしも時間が繰り返される儀式のせいで、この世のことわりがねじ曲げられているのなら、時間の進む速度すら変化している可能性はないだろうか。
 あらゆる理が覆されているのだとすれば――

「もう時間はない、のか」

 焦りで震える自分の声に、おどろおどろしい地響きが被さる。ぎょっとして視線を巡らせれば、空間にそびえる分厚い石の壁が見えた――いや、それは二枚が隣り合った扉だった。その扉が薄く開き始めている。
 隙間から吹き付ける冷たい風に、奏一の汗は一瞬で凍りついた。息を吐けば真っ白に変わり、汗ばんでいた腕に霜は降りていく。深い深い地の底からの冷気。それすなわち。

「常夜――」

 あの扉が完全に開いたら、結倉は間違いなく混沌に飲み込まれてしまう。いや、結倉だけではない。多くの場所に影響が及ぶだろう。
 奏一は浅い呼吸を繰り返した。
 耳の奥に心臓の音が溜まっていく。身体の筋肉が緊張し、目の前が白くなった。

『奏一』
「!」

 声に呼ばれ、奏一は我に返る。

『何をボウっとしている。話を聞いていたのか?』
「え……」

 いつのまにか自分の家の縁側に腰掛けていた。そして隣の声に目を向けて、息を呑む。奏一を見つめ返していたのは祖父だった。
 今は亡き、懐かしいその姿に奏一は軽く混乱する。

『わたしの話を聞いていなかったようだな。それとも、わたしはあと百年でも生きるとでも思っていたのか』

 ああ――と奏一は思った。これは祖父が亡くなる一ヶ月ほど前の会話だ。
 こうして縁側にふたりで座り、祖父は自分が亡くなったあとのことを、まるで夕ご飯の献立のように奏一に説明したのだ。

「……お祖父さまは」

 奏一は唇を開いた。

「まるで、死ぬのが楽しみのようですね」

 当時と同じ言葉がこぼれる。
 祖父は奏一から視線を外し、庭先の紅葉に目を向けた。

『わたしが社会に還元すべきことはし尽くした。未練は何もない。そしてあの世では花代はなよが待っている。わたしの大好きな大福をこしらえて』
「そういえばお祖母様は亡くなるとき、そんなことを言っていましたね」
『わたしは大福を食べながら、花代と一緒にお前を見守るさ。お前は短歌の実力はあるが、ちぃとばかり恋愛が下手だからな』
「そうですかね……」
『深く愛しすぎなのだ』
「お祖父様がそれを言いますか?」
『わたしは花代しか深く愛しておらん。お前は誰でもではないか』

 奏一は少し黙った。
 たしかにこんな話をしたが、あまり記憶に残っていなかったからだ。

『底の見えない深い愛など、一生に一度か二度でいい』
「…………」
『だからお前の海に潜り、怖がることなく自由に泳ぐ者のために取っておけ。いずれ現れる』

 いずれな――。
 冷たい風に身じろぎをした奏一は、縁側から暗闇へと戻っていた。
 この一大事に、なぜあの記憶がよみがえったのだろう?
 奏一は考えたが答えは浮かばなかった。だが、闇に沈み続けるさきを見下ろすと、自然と深い闇に向かって頭は下がった。凍った腕に痛苦を覚えながら、それでも身体を折り曲げる。

「……土地神さま、お願いでございます。この方をどうぞお離しください。この方は産土さまではありません。産土さまの身代わりになさらないでください」

 さきは判者だ。守るべき存在だ。結倉にとってこれからも必要で大切な人だ。自分は歌詠みとしてそんな彼女を守る責務がある。
 ――でも、それだけじゃない、何か。
 何かもっと別の光が。
 心のどこかで瞬いている。そんな気がした。

 ――誰かを好きになったり心を寄せ合うことに、しょうもないなんてことは、ない

 いつかさきが言ってくれた言葉が奏一の胸に浮かぶ。それは波紋のようにゆらゆらと広がっていった。温かく、優しい気持ち。でも言葉にはできない。その感情に名前はまだないのだ。だからこそ。

「あなたともっと」

 時間を共有してみたい。
 名前をつけられる瞬間が――その先に、あるかもしれないから。

その髪に触れたき指がここにあり叢雨むらさめは降る 一生ひとよは、一生ひとよ

 眠るさきに細かな水滴が降り注ぐ。
その前髪に、頬に、胸に、唇に。不思議とその雨は、常夜の冷気に晒されてもなお凍ることなく、澄んだ水のままだった。

「……っ」

 身じろぎをしたさきは静かに目を開けた。そこはやはり変わらず、真っ黒でどこまでも続く虚しい空間だった。
けれどどこからか雨が降ってくる。あとからあとから絶え間なく。

――あなたと出かけられるのが嬉しくて、つい、歌を詠んでしまったのです

 静かな声が届いた。さきが息を吸い込むと、清廉な水の匂いが胸に満ちる。
 知っているとさきは思った。
 この雨の気配を、私は知っている。

「佐波さん」

 名前を呟くと闇は揺れた。波のようにくねり、真っ暗なだけだった空間に濃淡が生まれる。暗い闇が無数の細かな水の線によって、洗い流されていくのをさきは見た。
そして辺りを祓う美しい音色が高く響く。

「判者さま」
「――!」

 奏一の声がはっきり聞こえたかと思うと、さきの目の前に本人の顔があった。降り続ける雨に奏一は濡れそぼっている。
その前髪から雫が落ちて、さきの目尻に伝った。

「佐波、さん」
「……よかった」

 微笑んだ奏一の顔はさらに近づいてくると、その腕に抱きしめられる。

「目を覚まされて本当によかった」
「……土地神さまの心に、雨が降ってきたんです。それで私、佐波さんを思い出して」
「あなたの心に呼びかけたくて歌を詠みました」
「助けてくれて……ありがとうございます」

 そこでさきは奇妙な気配を感じて、奏一の腕の中で身じろぎをした。落ち着かなげに視線を空間に巡らせ、そして開きかけた常夜の扉の前に立つ、仄白い何かに目を留める。

「あれは、土地神さま……」
「え、あのモヤがですか?」
「はい」

 奏一も緊張した様子で、さきを抱きしめながらモヤを見つめる。白く定まらない形のモヤはゆらゆらと儚げに揺れながら、ふたりの前に浮かんでいた。

――金色の雨を降らす者よ

 砂地を滑る、透明で薄い波のような声が響く。さきと奏一の表情は改まったものに変わった。

――そなたの願いが、わたしの心の底まで届き
――その者の心を揺さぶり、目覚めさせ
――わたしもまた優しき雨によって、あの場所から引き上げられた
――歌詠みにふさわしき、歌であった

 モヤは大きく伸び上がり、辺りを包み込んでいく。

「土地神さま、あなたのために何をすればいいですか」

 さきが声を上げるとモヤは揺れた。

――すべきことは為した
――封印は解け、この土地のあるべき姿が取り戻されるであろう
――わたしはしばし眠りにつく

「ま、待ってください!」

 さきは拳を軽く握ると、勇気を出して再び声を上げる。

「私たちが為すべきことはまだあるはずです!」

 モヤは少し沈黙をしたのち揺れた。

――ときおり、産土との思い出に寄せて、わたしに恋の歌を届けよ

「……っ」

 軽く唇を引き結んだあと、さきはうなずいた。

「お届けいたします。今度こそ必ず、あなたに。あなたの心に」

 モヤは波打ちながら大きく分厚い扉に当たった。地響きが聞こえ、開いていた扉が閉じられていく。広がっていくモヤは濃くなり、扉はまったく見えなくなった。それでもさきも奏一も動かず、白い世界が真っ黒な世界を塗りつぶしていくのを見続ける。
向こう側からまた声が聞こえるのではないか、と思いながら。


 数日後、さきたちは結倉駅のホームに立っていた。
 久能と都鳥を見送るためだ。

「こんなに早くに戻らなくても」
「問題は解決しましたから、いつまでも古書店の店長をしているわけにもいきません」
「……古書店……残念過ぎる」

 舞依ががっかりした様子で肩を落とす。
 暗闇に飲み込まれかけたさきを奏一が助けたあの日――土地神さまの白いモヤに包まれたあと、気づくと御神木の前に全員が立っていた。そして大慌ての様子のつなが空を見上げるよう告げると、結倉の空を飛び回っていた黒い影はあとかたもなく消えていて、細かな光が雨のように町へと降り注いでいた。
 光はしばらくすると止み、幾望の月が昇った夜空だけが残された。

『みなさまが捻れた空間へ入っていかれたかと思うと、しばらくして捻れが消え、そしてあっという間に太陽が昇って沈んでいったのです』

 つなは身震いしながら教えてくれた。

『あらゆることわりを覆す可能性があると判者さまには申し伝えましたが、時間の進みが速まるなど……なんとも恐ろしいことでございます』

 しかし澄んだ音がふいに響き渡り、それと同時に影が次々と消え、光が降り始めたのだと言う。時間の流れが正常に戻ったことを、そこでつなは感じたらしい。

『判者さま、そして歌詠み衆のみなさま、お疲れさまでございました』

 深々と頭を下げるつなの尻尾は、嬉しそうに大きく左右に振れていた。

「そういえば今朝バーに来た常連さんに聞いたんだが、野間さん、途中から階段になってる坂の上で、伸びてるのを発見されたらしい」
「野間さんが! 容態は?」

 思いがけない話にさきは驚き、実臣を見上げる。

「命に別状はないっていうか、病院に運び込まれたけどやたら元気だそうだよ。自分がどうしてそこにいたのか、それ以前のことも忘れてるみたい。あと、ちょっと……性格が変わった、みたいなこと聞いたかな」
「何それ?」
「豪快に笑うキャラになってて、見舞った人がビビってた」

 どうコメントしていいのかわからなかったのか、みことは黙り、そんな彼を見て、実臣も苦笑いを浮かべた。

「なるほど。彼はつくづくラッキーな人間ですね」

 くつりと喉を鳴らして久能が笑う。

「野間が産土神社の泉に目をつけたのは、産土の持っていた【水鏡】に近い存在と化していたせいでしょう。そこで儀式をし、壊せば、常夜の扉を開ける起爆剤になるとおそらく踏んだ」
「水鏡に近い存在……?」

 戸惑うようにさきが尋ねれば、久能は緩く首を傾げた。

「土地神が短歌を長きに亘って投げ入れ続けた泉は、もともと産土神社で力場だった場所だと思います。短歌の力と泉そのものの力が混じり合い、【水鏡】の代用を果たした……と考えるべきかと。結局、宝具の【水鏡】は出てきていませんしね」
「たしかに。変な話だけど、野間さんの目の付けどころは、ある意味まちがってなかったってことか」

 真秀がぼそりと呟く。

「まあ彼の場合、産土の復活を目論んだものの、実際に釣ってしまったのは土地神だったわけですが」
「そういえば私、思い出したことがあるんです。今となっては過ぎたことなんですが……」

 さきが口を開くと、歌読みや久能たちの視線が集まった。

「野間さんが鷹屋さんのバーに来て、三人目に倒れた大山さんの話をしましたよね。あのとき、『あれ?』って引っかかったんです。一人目は結倉が封印される前に倒れたけど、二人目は封印の後だった。翌日になればまた時間がターンして、結倉の人はそれに気づかないはずだから……」
「ああ、そうか。野間さんは【二人目】って言わなくちゃいけなかったのか」

 合点したように実臣がうなずく。

「あの違和感、気づけていれば、こんなことにはならなかったのかなって」
「それはどうでしょう。泉が壊されたことで、あなたたちは土地神の行為を知ることができた。気づかないままでいたら、どうなっていたかわかりませんよ」

 久能がさらりと言うと、「だよなぁ」と意外にも林吾が同意した。

「先輩、やっぱそれは過ぎたことだし、すげー大変だったけど、今回は事実を知れてよかったってオレは思います!」
「桃園くん……」
「ところで判者さま、産土さまは常夜に本当にいないの?」

 舞依の問いかけに、さきは少し黙った。

「お隠れになった神さまは【常夜】でない場所に行くのかもしれないし、あるいは、存在自体が消滅するのかもしれない……でも本当にどうなったかは、私たち人には永遠にわからずじまいな気がしてる」

 ただ、この世に戻ってくることはない。二度と。
 産土は言霊の神に別れの挨拶をしたとき、はっきりとそう告げていた。さきが確信を持てるのは、それだけだった。

「そっか……」

 舞依は少し俯き、黙る。

「なぁ、話を前に戻すけどよ。野間さんの性格が変わった理由って、結局なんだったんだ?」
「ああ……泉にあった恋歌は、佐波さんと判者さんの力によってすべて消えたでしょう? そのとき、野間の心に巣食っていた念も浄化されたのだと思いますよ」
「浄化って……それで豪快おじさんになったってのか?」
「陰気を食われて陽気になった。これをラッキーと言わずになんと言えば?」

 にこりと笑う久能に林吾が呆れたように「うへぇ」と唸った。

「でも、それで野間さんが二度と産土さま復活を考えないなら、いいことだよね」
「先輩、それお人好し過ぎるっすよ! 奏一さんなんて連れ去られてひどい目に遭ったんすよ!」
「私も判者さまと同じ考えだよ、林吾」
「奏一さん、仏っすかー!」
「で、判者さまたちが土地神から聞いた言葉ですが、『しばらく眠る』と言ったんでしたね?」
「はい」

 視線を林吾からさきに戻しながら、久能が言った。隣にいる奏一は身構えたのか、その身体が微かに揺れる。

「いずれ土地神が目覚めたとき歌合はまた必要となる。土地神の御心に囚われていたあなたなら、わたしの言っているこの意味……わかりますね?」
「……はい。土地神さまは、今後も恋歌を所望すると言っていました。歌合はこれからも続いていくでしょう」

 産土を喪失したことで生まれた大きな大きな空洞。土地神のあの悲しみを少しでも埋められるよう、恋の歌を届けねばならない――いや、届けたい。そう思うことは烏滸がましいかもしれないけれど、さきは心の底からそう思った。
それは五十年、百年……いや、千年かかるかもしれない。

(それでも私たちは――結倉は、土地神さまと一緒に生きていく)

 ホームに滑り込んだ電車に乗って、久能と都鳥は去っていった。さきたちは電車がカーブを曲がって見えなくなるまで見送り続けた。


 梅雨の晴れ間の、強い光が庭先を照らしていた。

「お待たせしました」

 縁側に座っていたさきは、声を掛けられて背後を振り返る。お盆を手にした奏一が微笑んで立っていた。
 林吾の提案で、実臣のバーにて夕ご飯を食べるという話が決まったあと、集合時間まで解散することとなった。そしてアパートに戻ろうとしたさきは、奏一に声をかけられたのだ。「私の家へ、来ませんか」と。

 緑の濃い匂いの風が首筋を通っていくと、さきは目を細める。

「佐波さん、お加減はいかがですか」
「問題ありません。ご心配をおかけして、すみません」
「心配するのは当然です。その……あのときも無茶をさせてしまったので」

 さきが茶碗を両手で包み込む様子を、奏一は静かに見つめた。

「歌詠みとして判者さまを助けるのは当然のこと。それにあのときは多少の無茶も仕方のないことです」
「でも……」
「私はあなたの力になれたのなら嬉しい」

 いつもの口調だけれど、どこかきっぱりとした空気をまとう奏一に、さきは少しだけ落ち着かなくなる。

「判者さま、私は土地神さまのお言葉を受け取ったときから、ずっと考えているんです。本当に、私たちはすべきことをしたのかと」
「はい、私も考えています」
「産土さまは、土地神さまにもう会えないという歌を詠まれた。そしてその歌を理解しながらも産土さまとの再会を望み、届かない恋の短歌を贈り続けた土地神さまのことを考えると、どうしようもなく胸が痛みます」

 奏一は縁側の縁を優しく手でなぞった。

「判者さまを助けようとしたとき、祖父に会いました。いえ、思い出が映像として流れ込んできたと言えばいいのか……とにかくそのとき祖父は、この世に未練はなく、天国にいるであろう祖母に会えるのが楽しみだと話していた」
「お祖父様が……」
「はい。土地神さまもいつかお隠れになる日が来たのなら、産土さまにそのときこそ会えるでしょうか。その日まで土地神さまは、産土さまを想い続けるのでしょうか。傍から見れば、手を離せばいいものなのかもしれない。だけどきっと土地神さまは離さないと私は思う。その愛こそが、土地神さまのすべてだから」

 そこで奏一は唇を緩めた。照っていた空に雲がかかり、庭先に光と影を生み出す。ざわめく風の中に雨の匂いがした。

「深い愛……私はまだそれを知らない。判者さま、覚えていますか? 身も心も捧げる恋愛をしたい。そんな相手を探したいと以前、私が言ったことを」
「もちろん覚えています」
「土地神さまの件で少しだけ心が揺れました。そのような愛は知らないほうが幸せなのかもしれないと」

 奏一の視線がさきに向いた。まっすぐに、その薄墨色の目がさきを映し込む。

「判者さまはどう思われますか」

 問われたさきは黙った。
 そして同じように奏一を見つめ、微笑んだ。

「誰かを深く愛することが幸せじゃないなんて、私は思いたくないです」
「…………」

 ゆっくりと瞬きをした奏一の唇にも、笑みが浮かぶ。
 柔らかな雨が空から降ってきた。

「ええ、そのとおりですね」
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